スフィンゴ糖脂質の研究

中村和生

Ⅰ.研究内容
 主に動物のスフィンゴ糖脂質の構造解析,系統分類と分布の解析,データベースの作成を行っている。また寄生虫学や神経内科学の研究者と糖脂質が関与する疾患等についても共同研究している。

【スフィンゴ糖脂質とは】
 糖脂質は細胞膜に存在しており,脂質部分の違いにより,大きくグリセロ糖脂質とスフィンゴ糖脂質(図1)とに分けることができ,前者は植物に多く,後者は動物に多い分子種である。また糖脂質は細菌や原生生物にも存在している。スフィンゴ糖脂質のうち,シアル酸という酸性の糖誘導体を含むものを特にガングリオシドと呼び,脳に多く含まれる。スフィンゴ糖脂質は,糖鎖部分の多様性(500種以上)と,脂質部分であるセラミド(スフィンゴシンと脂肪酸から成る)の多様性があるため,非常に多くの分子種が存在している(主な糖鎖系列を右下の表に示す)。
    図1.スフィンゴ糖脂質の構造(糖は10残基以上つくものもある)  
 糖脂質の機能は未だ十分解明されていないが,ウイルスや細菌の受容体としての機能が知られており,また膜タンパク質の活性調節機能も示唆されている。ガングリオシドは神経再生などに関与していることが示唆されている。ヒトの遺伝病には糖脂質が蓄積する病気(ガングリオシド−シス)が知られており,多くは幼児期に発症し発育不全,神経系の異常などを生じ、死に至る場合が多い。
   
【現在行っている研究】
1.構造解析,機能との関係
(1)脊椎動物の進化に伴う脳のガングリオシド組成解析の過程で,軟骨魚類脳からいくつかの新ガングリオシドを発見し,その構造を決定した(例は下図。連続した3つの糖残基にシアル酸が結合しているのが特徴)。
 
 このタイプのガングリオシドは系統進化の過程で陸上四肢動物と魚類との関係を比較したときに興味深い分布を示しており,更に解析を行っている。

(2)寄生性の扁形動物である各種条虫の糖脂質の分析を行い,マンソン裂頭条虫からそれまでに報告のないまったく新しい構造の分子種を発見した(右図)。モノクローナル抗体を作成して,虫体を染色したところ,吸溝と呼ばれる,宿主腸の繊毛にとりつく部分に局在していることが分かった(右図下,明るい緑色の部分)。この糖脂質は現在までに調べた限りでは擬葉目条虫にのみ存在しており,分類学上興味が持たれる。今後機能についての研究を進める(麻布大学・生命・環境科学部・川上泰博士との共同研究)。

   
 
2.生物界での糖脂質分子種の存在パターンの解析
 日本脂質生化学会ではLipidBankと呼ぶ,脂質のデータベース( http://lipidbank.jp)を構築している。筆者は長年糖脂質部門の委員として,データベース構築に関わってきた。現在このデータベースのwiki化とデータの蓄積・修正作業を行っている。新しいデータベース(http://jcbl.jp/wiki/Category:LB)では現在までに脂肪酸,アーキア脂質がほぼ完成し,現在スフィンゴ脂質の改訂中である。このデータベースから糖鎖構造の生物種における分布が分かる。例えば無脊椎動物と脊椎動物では共通して分布している糖鎖は少なく,それぞれに特徴的な分布をしていることが分かる(下左図)
     
データベースの構造構築と共に,まだ解析が十分でない生物群について,糖脂質分子種の解析を行うことが必要であるが,糖鎖構造を確定するためには,大量の試料が必要であることから困難な場合が多い。最近の質量分析装置の発達により,ある程度の情報は微量の試料から得ることができるので,その活用も課題としている。

3.糖脂質が関係する疾患の解析
 神経内科の研究者と共同で,ギラン・バレー症候群における抗ガングリオシド抗体の解析などを行ってきた。最近では成人後に発症するガングリオシド−シス様の症例について,国立相模原病院神経内科医長・長谷川一子博士との共同研究を行い,この症例ではGM2と呼ばれるガングリオシドが蓄積していることを報告した。


II プロフィール
1986年 東京医科歯科大学・大学院医学研究科・生化学専攻終了。医学博士
1986年 北里大学医学部・生化学教室助手
1990年 Albert Einstein College of Medicine Research Associate (ニューヨーク州)
1992年 北里大学医学部に復職,講師,助教授を経て,
2008年 北里大学一・般教育部・生物学単位教授。現在に至る。


Ⅲ 所属学会
日本生化学会,日本脂質生化学会(幹事),日本糖質学会,日本質量分析学会,日仏生物学会,International Society for Neurochmeistry


Ⅳ 学生の受入
2014年 北里大学理学部生物科学科・卒研生 1名 「アルマジロ脳ガングリオシドの解析」
2015年 北里大学理学部生物科学科・卒研生 1名


Ⅴ 研究業績 つぎの所に掲載
http://kerid-web.kitasato-u.ac.jp/Profiles/45/0004413/theses1.html

2015.05.20